少し前の話、ラジャスタンをはじめ、インドの多くの地域は、もともとマハラジャの恩恵と、加護をうけながら、村人たちが生計を建てていた。
村人たちはマハラジャをその名のとおり、偉大なる王として絶大な信頼を抱き、尊敬していた。
そんな村人たちには、昔から残る掟、つまりジャーティという生まれをあらわすカースト制が根付き、
チャイ屋はチャイ屋、家具屋は家具屋というような、家業を継ぐ仕組みが確立されていた。
ラジプットは武士階級の部族であった。
彼らはマハラジャ直属の武士として、常にマハラジャの元で暮らすことになる。
そういう生まれが、現在も尚、ラジプットの誇りとして、また様々な生まれを持つ村人から尊敬をうけ、
語り継がれている。
ラジプット族について特筆しなくてはいけないことは、彼らが、武士階級であったことと、それに劣らず勇敢で誇り高き民族であったということである。
そのため、彼らが生み出す刺繍は、色合いや、デザインが富んでいる。
女性たちは、他の部族の女性と変わらず、刺繍ひとつひとつに想いをこめただろう。
しかし、ラジプット族の悲劇は、そこに死という重く厳しい現実と常に隣あわせだというところである。
ラジプット族はヒンドゥー戦士として、イスラム勢力とぶつかったり、またイギリス軍に対抗した。
女性たちは、夫や兄弟の帰りをまち、また、帰らぬ者たちの悲しみを癒すため、刺繍を作る事になる。
現在は、農民として暮らすラジプット族が多いが、彼らの生活も時代とともに変わり、刺繍の後継者も
減ってきている民族のひとつである。
もし、その刺繍に触れることができるなら、彼らの複雑な歴史背景と、インドの壮大なる歴史の一部を感じていただけるだろう。